Craif株式会社(所在地:東京都文京区、CEO:小野瀨 隆一、以下Craif)は、慶應義塾大学医学部腫瘍センターゲノム医療ユニットの西原 広史教授、加藤 容崇特任助教、北斗病院病理・遺伝子診断科の馬場 晶悟研究員(筆頭著者)、Craif株式会社・名古屋大学未来社会創造機構 の市川 裕樹客員准教授らと、尿中に含まれるマイクロRNA(*1)をAI(人工知能)解析することで、従来の血液検査よりも高精度に、早期のすい臓がんを検出できることを明らかにしました。本研究成果は、2024年11月12日にLancetの姉妹紙(eClinicalMedicine)に掲載されました。
■ 発表のポイント
1. 早期発見が難しいすい臓がん:すい臓がんは進行が早く、早期発見が難しいがんです。発見された時には手術で取り除くことが難しいくらい進行している事が多いため、5年生存率は10%程度と非常に予後が悪いことで知られています。
2. 6施設の医療機関で共同臨床研究を実施:すい臓がん患者153名と健常者309名から尿を採取し、マイクロRNAやCA19-9を測定しました。
3. 新しい尿中マイクロRNA検査ですい臓がんを検出:尿中細胞外小胞由来のマイクロRNAを濃縮してから解析することで、すい臓がんの高精度な検出を可能にしました。
4. 早期ステージでも高精度を実現:本検査法は、機械学習モデルを用いた解析によって、高精度にすい臓がんを検出することができました。早期段階のすい臓がんでも高い検出精度を示しました。
5. CA19-9を上回る早期ステージの検出性能:従来のすい臓がんマーカーであるCA19-9の感度が低い初期段階においても、尿中マイクロRNA検査は高い検出能力を示し、より早期の診断に貢献できる可能性があります。
6. マイクロRNAは腫瘍および腫瘍微小環境を反映:尿中マイクロRNAの解析により、すい臓がん組織そのものと腫瘍微小環境の変化を反映するマイクロRNAパターンを検出しました。
7. 臨床応用への期待:尿を用いる非侵襲的な検査法であるため、広範囲な集団スクリーニングや病院へのアクセスが限られた地域におけるすい臓がんの早期発見に応用できる可能性があります。
■ 本研究の概要
すい臓がんは非常に進行が早く、がんが発生しても小さいうちは症状が出にくく、発見が難しいがんです。発見されたときには既に手術で取り除くことのできないステージに進行してしまっていることが多いために、最も予後が悪いがんの一つです。早期発見が治療の鍵となりますが、現行の検査方法では早期診断が困難であるため、非侵襲的で高精度な検査法の開発が急務となっています。そこで、誰でもいつでもどこでも簡単に採取できる尿を用いて、すい臓がんを早期発見する方法の開発を試みました。
すい臓がんの早期発見検査を開発するにあたり、研究チームはがん細胞の活動や増殖・転移に深い関わりがある細胞外小胞体とマイクロRNAに着目しました。体内の個々の細胞は細胞外小胞体(*2)に含まれるマイクロRNAという核酸物質を介して、体内の離れた細胞に情報を伝達しています。がん細胞もマイクロRNAが含まれる細胞外小胞を積極的に放出することで、周囲の環境を自らの増殖に有利になるよう整えたり、転移に利用たりすると考えられています。今回、研究チームは尿中の細胞外小胞体を濃縮することで、尿から多量のマイクロRNAを抽出し、網羅的に解析することができる新しい非侵襲的検査を開発しました。この方法で得られた尿中マイクロRNAデータを用いて機械学習モデルを構築することで、高精度にすい臓がんの検出が可能なアルゴリズムを開発することに成功しました(図2)。
今回開発された尿マイクロRNA検査は、従来の血液マーカー(CA19-9(*3)など)や他のバイオマーカーに比べて、すい臓がんの早期段階(ステージI/IIA)においても高い感度と特異度を示す点が特徴です。今回の臨床研究では、5つの異なる施設(北斗病院、川崎医科大学附属病院、国立がん研究センター中央病院、鹿児島大学病院、熊谷総合病院)から登録されたすい臓がん患者153名と、2つの異なる施設(北斗病院、大宮シティクリニック)から登録された健常者309名の尿サンプルを解析しました。感度と特異度(*4)のバランスが最も良いカットオフ値を設定した場合、尿マイクロRNA検査の特異度は92.9%でステージI/IIAの感度は92.9%、全体の感度は88.2%でした。今回登録されたすい臓がん患者のうち140例では従来の血液マーカーであるCA19-9を測定していましたが、CA19-9は早期ステージほど予測能が低い傾向があり、ステージI/IIAの感度は37.5%、全体の感度は63.6%でした(図3)。早期ステージにおけるすい臓がんの検出性能は、尿中マイクロRNAがより優れていることが明らかになりました。
また注目すべき点として、尿中マイクロRNAのパターンは腫瘍組織だけでなく、その微小環境(*5)も反映していることが示唆されました。腫瘍が小さい早期ステージの段階では腫瘍そのものからのシグナルは少ないことが考えられますが、尿マイクロRNA検査では微小環境も含めた包括的な情報を活用することで、早期すい臓がんを検出できているのではないかと考えられます。この検査は尿を用いるため、簡便かつ患者への負担が少なく、自宅でのサンプル採取も可能です。これにより、広範囲な集団スクリーニングや、病院へのアクセスが難しい地域におけるすい臓がんの早期発見への貢献が期待されます。
■ 用語説明
*1.マイクロRNA:生体機能を制御する小さなRNA。細胞内には多種類のマイクロRNA が存在し、様々な生体機能を調節している。
*2. 細胞外小胞体:細胞が分泌する直径40〜5,000nm の小胞体。
*3.CA19-9:すい臓がんや胆道がんなどの診断や治療効果のモニタリングに使用される血液中の腫瘍マーカーです。すい臓がんの進行とともに血中濃度が上昇することが知られていますが、早期段階では感度が低く、また一部の健康な人や他の疾患でも上昇するため、すい臓がんの早期診断には限界があります。
*4.感度・特異度:感度とは、疾病のある人のうちで陽性となる割合を示し、特異度とは、疾病のない人のうちで陰性となる割合を示します。
*5.がん微小環境:がん細胞の周囲に存在する正常な細胞、血管、免疫細胞、細胞外マトリックスなどの総称で、がん細胞の成長や転移に影響を与える環境のことです。この微小環境は、がん細胞との相互作用を通じて、がんの進行、治療抵抗性、免疫応答の制御に重要な役割を果たしています。
■ 論文情報
雑誌名:eClinicalMedicine
題名 :A noninvasive urinary microRNA-based assay for the detection of early-stage pancreatic cancer: a case control study
著者名:Shogo Baba, MS1, Tadatoshi Kawasaki, MD2, Satoshi Hirano, MD3, Toru Nakamura, MD3, Toshimichi Asano, MD3, Ryo Okazaki, MD3 Koji Yoshida, MD4, Tomoya Kawase, MD4,5, Hiroshi Kurahara, MD6, Hideyuki Oi, MD6, Masaya Yokoyama, MD7,8, Junji Kita, MD7, Johji Imura, MD9, Kazuya Kinoshita, MD7, Shunsuke Kondo, MD10,11,12, Mao Okada, MD10,11, Tomoyuki Satake, MD13, Yukiko Shimoda Igawa, MD14, Tatsuya Yoshida, MD10,14, Hiroki Yamaguchi, PhD15, Yoriko Ando, PhD15,16, Mika Mizunuma, PhD15, Yuki Ichikawa, PhD15,16, Kyoko Hida, MD17, Hiroshi Nishihara, MD18, and Yasutaka Kato, MD1,18
所属 :
1Department of Pathology and Genetics, Laboratory of Cancer Medical Science, Hokuto Hospital, Obihiro, Hokkaido, Japan
2Department of Health Screenings, Hokuto Hospital, Obihiro, Hokkaido, Japan
3Department of Gastroenterological Surgery II, Faculty of Medicine, Hokkaido University, Sapporo, Hokkaido, Japan
4Department of Gastroenterology and Hepatology, Kawasaki Medical School, Kurashiki, Okayama, Japan
5Department of Gastroenterology, Hokuto Hospital, Obihiro, Hokkaido, Japan
6Department of Digestive Surgery, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima University, Kagoshima, Kagoshima, Japan.
7Department of Surgery, Kumagaya General Hospital, Kumagaya, Saitama, Japan
8Department of Surgery, Division of Transplant Surgery, Virginia Commonwealth University, Richmond, Virginia, USA.
9Department of Diagnostic Pathology, Kumagaya General Hospital, Kumagaya, Saitama, Japan
10Department of Experimental Therapeutics, National Cancer Center Hospital, Chuo-ku, Tokyo, Japan
11Department of Hepatobiliary and Pancreatic Oncology, National Cancer Center Hospital, Chuo-ku, Tokyo, Japan
12Outpatient Treatment Center, National Cancer Center Hospital, Chuo-ku, Tokyo, Japan
13Department of Hepatobiliary and Pancreatic Oncology, National Cancer Center Hospital East, Kashiwa, Chiba, Japan
14Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital, Chuo-ku, Tokyo, Japan.
15Craif. Inc, Nagoya, Aichi, Japan
16Institute of Innovation for Future Society, Nagoya University, Nagoya, Aichi, Japan
17Vascular Biology and Molecular Biology, Hokkaido University Faculty of Dental Medicine, Sapporo, Hokkaido, Japan
18Genomic Unit, Keio Cancer Center, Keio University School of Medicine, Shinjuku-ku,Tokyo, Japan
DOI:10.1016/j.eclinm.2024.102936
■ 研究費
先進的医療機器・システム等開発プロジェクト(国立研究開発法人日本医療研究開発機構):課題番号JP24he2302007「超高精度・無侵襲早期がん診断を実現する尿中microRNAの簡易な機械解析システムの開発」
■ Craifについて
Craifは、2018年創業の名古屋大学発ベンチャー企業です。尿などの簡単に採取できる体液中から、マイクロRNAをはじめとする病気に関連した生体物質を高い精度で検出する基盤技術「NANO IP®︎(NANO Intelligence Platform)」を有しています。CraifはNANO IP®︎を用いてがんの早期発見や一人ひとりに合わせた医療を実現するための検査の開発に取り組んでいます。
【会社概要】
社名:Craif株式会社(読み:クライフ、英語表記:Craif Inc.)
代表者:代表取締役 小野瀨 隆一
設立:2018年5月
資本金:1億円(2024年3月1日現在)
事業:がん領域を中心とした疾患の早期発見や個別化医療の実現に向けた次世代検査の研究・開発、尿がん検査「マイシグナルシリーズ」の提供
本社:東京都文京区湯島2-25-7 ITP本郷オフィス5F