株式会社SOXAI(以下「SOXAI」)が提供するスマートリング「SOXAI RING(ソクサイリング)」は、これまで多くの方の(「手」ではなく)「指」に取っていただいてきました。2024年現在提供しているのは「SOXAI RING 1」。前バージョンからカラーバリエーションが増え、光沢と硬度も増しています。
このSOXAI RINGの進化に尽力いただいたのが、シチズン時計マニュファクチャリング株式会社(以下「シチズン」)の皆さんと、その歴史と力を凝縮した技術「デュラテクト」です。
本記事では、実際にSOXAI RINGの表面処理を手掛けていただいているシチズンの工場に伺い、SOXAI RING開発の裏側やデュラテクトの凄さ、デュラテクトを施したSOXAI RINGの売れ行きの変化にまで、迫りました。
腕時計から宇宙機器まで手掛ける表面処理技術をSOXAI RINGに
光頼(SOXAI):
シチズンの皆さん、本日はよろしくお願いします!
最初に、なぜ我々がシチズンにコンタクトをとり、SOXAI RINGにデュラテクト加工を施していただいたのか、お話させてください。
光頼(SOXAI):
我々は2022年に、初号機である「SOXAI RING 0(ゼロ)」を上市しました。おかげさまで数千人の方に使っていただいたのですが「表面がはげやすい」「傷ができてしまう」という報告が少なからずあったんです。併せて、ゴールド系の製品を要望する声も女性を中心に多く届いていました。それで、表面硬度が強く、またゴールド系の加工ができる技術をもつ会社を探していたんです。
田中(SOXAI):
スマートリングは貴金属であると同時に、工業製品でもあります。この感覚に最も近いモノはなんだろうかと考えたときに思い浮かんだのが「腕時計」でした。それで腕時計の表面処理をしている会社にSOXAI RINGの表面処理をお願いできないかと思い至ったんです。そうして色々と探し、検討した末に辿り着いたのがシチズンさんでした。
石井(シチズン):
ホームページの問い合わせフォームから連絡いただきましたよね。
光頼(SOXAI):
我々のようなスタートアップからの問い合わせもあるものなんですか?
石井(シチズン):
多いわけではありませんが、珍しくもないですね。
光頼(SOXAI):
普段はどういった製品の問い合わせが多いのでしょうか。
石井(シチズン):
本業が時計なので、やはりアクセサリーが多いですね。また、一部光学機器にもデュラテクトを採用いただいています。
100年以上積み重ねた技術が競争優位に
光頼(SOXAI):
改めて、デュラテクトについて簡単に教えてください。
石井(シチズン):
デュラテクトは、シチズンが独自に開発した、ステンレスやチタニウムなどの金属表面硬度を高め、優れた耐摩耗性によりすりキズや小キズから時計本体を守り、素材の輝きを長時間保つ硬化技術の総称です。デュラテクトを施した製品は傷がつきにくく、色調が鮮やかに美しく見えるようになります。
光頼(SOXAI):
SOXAI RINGもお世話になったように、デュラテクトはシチズンの製品だけでなく、「外販事業」として外部企業の製品の加工もしていますよね。どうして外販をすることになったのでしょうか。
伊藤(シチズン):
時計の表面にデュラテクトを施すために必要な真空装置があるのですが、実はこれがかなり高価なもので、かつ稼働時間に余裕があったんです。結果的にアクセサリーはもちろん、ハサミやカトラリー、メガネフレームなど様々な製品に施されているように、デュラテクトは様々な製品に使われ得る技術。だったら自社の時計だけでなく、デュラテクトの可能性をさらに広げるために、他社の製品加工も始めることにしたんです。
石井(シチズン):
市民に愛され市民に貢献する。これはシチズンの企業理念です。時計が愛されるためには、当然傷はつかないほうがいいに決まっていますよね。一方でシチズンの表面処理部隊は、お客さまが時計を買った後の「傷つきにくさ」のために存在しています。つまり、表面処理は企業理念を体現している存在で、それを実現する技術こそがデュラテクトなんです。すみません、ちょっと愛社精神が溢れてしまいましたかね(笑)。
光頼(SOXAI):
いえいえ、そんなことないです。自分たちの技術が経営理念を体現しているなんて、なかなか言えるものではありません。本当に素晴らしいですし、我々もそのような会社を目指したいです。
ところで、表面処理自体はあらゆる製品にされるので、様々な会社で実施されているかと思います。そんな中、なぜシチズンではデュラテクトとして表面処理技術を競争優位にできたのでしょうか。
伊藤(シチズン):
元々扱っている製品が「腕時計」だった影響が大きいかと思います。「単なる平面に硬い膜をつけてほしい」という依頼だったら対応できる会社は少なからずあるでしょう。でも腕時計は小さく複雑な立体物です。シチズンは1918年の創業以来100年以上にわたり、腕時計の製造に携わってきました。この技術が連綿と受け継がれた結果、表面処理が競争優位になっているのだと感じています。
田中(SOXAI):
ある時計メーカーの方が「DLC(※)にしてもピンクの加工にしても、シチズンはとにかく色んなことをイチ早く実現する」と評しているのを聞いたことがあります。シチズンは業界の中でもそんな評価なんだと驚きました。
(※)Diamond-Like Carbonの略で、すりキズに強く滑らかな触り心地になる表面処理方法のこと
試作で発生した課題は?
光頼(SOXAI):
それではSOXAI RINGの加工の話を聞かせてください。最初我々から連絡を受け取った際、率直にどのように感じられましたか?
石井(シチズン):
個人的にもスマートリングはデュラテクトと相性がいいのではないかと元々考えていたんです。そうしたら本当にスマートリングを開発しているSOXAIから連絡が来たので驚きました(笑)。それでまずはお話を聞いてみたいということで、SOXAIの横浜の事務所に伺ったんです。
光頼(SOXAI):
事務所でSOXAI RINGの説明を差し上げましたね。実際に製品を手に取り、「できそう」「難しそう」といった印象はありましたか?
石井(シチズン):
リングなので、形状自体の難易度が高いというわけではありません。ただ内蔵される基盤や洗浄の関係で、もしかしたらそこに難しい面があるかもしれないなとは感じましたね。SOXAIが求める品質に適うかもわかりませんでしたし、それで一旦試作の提案をしました。
光頼(SOXAI):
実際に試作をしてみていかがでしたか?
清水(シチズン):
最初の少数の試作段階では問題なかったのですが、数を増やしていったら洗浄工程でちょっと問題が発生しました。というのも、SOXAI RINGはスマートリングなので、構造上通常のリングと異なりレールのような溝が必要になりますよね。ここに洗浄液が溜まってシミができてしまったんです。
田中(SOXAI):
そうだったんですか。どのように解決したんですか?
清水(シチズン):
すみません、それは企業秘密で(笑)。具体的にご説明することはできませんが、これまで積み重ねてきたノウハウを活かして解決しました。説明すると、「え、そんな方法で解決するの?」と驚かれる方法かもしれません。
量産プロセスで発生する新たな論点は?
光頼(SOXAI):
そういった試行錯誤を経て、試作品を製作していただいたんですね。
田中(SOXAI):
先ほど「SOXAIが求める品質に適うかわからない」なんておっしゃっていましたが、品質は全く問題ないどころか、試作品なのに非常に高品質なものが出てきて驚きました。
光頼(SOXAI):
僕も、試作品が入っている箱をパッと開けて感動したのを覚えています。シルバーの輝きが前の世代までと全く違ってて、これはお客様に喜んでもらえるぞと確信しました。
田中(SOXAI):
予想より本当に色味がキレイで、質感も全然違ったんです。技術が違うとこんなに変わるんだと思いました。
伊藤(シチズン):
そう言っていただけると我々も嬉しいですね。
田中(SOXAI):
宣材写真は通常、レタッチもしてCGもいれてキレイに作るので、実物よりも良く見えてしまうことも少なくありません。だから僕みたいなモノを作っている立場からすると、逆に実際の製品が写真よりキレイだと感じてもらえるのは嬉しいんです。この品質ならもしかしたらそれが実現できるかもしれないなと感じました。
光頼(SOXAI):
満足のいく試作品を作っていただいた後、数百個レベルの小ロット生産を経て量産体制に入りました。今では受注予測を事前に共有し、一定数の製造を毎月お願いしています。現在まではそんなに大きな予実のズレはないと思っているのですが、大丈夫でしょうか(笑)。
伊藤(シチズン):
時計の生産もそうですが、多少の波があるのは仕方ないですよ。複数の波が重なると大変ですが、それも工場の宿命です。
光頼(SOXAI):
量産に入ってから、大変なことはありますか?
清水(シチズン):
スマートリングは時計よりも小さいですし、先述したように溝があります。これを傷つけないように大量に加工するのは大変です。ちょっと間違いが起きるとすぐ製品がダメになってしまいますからね。また加工に使う真空装置も、色んな設定を慎重にしないと、釜に入れたものが全部ダメになってしまうかもしれない。そういった緊張感はあります。
大塚(シチズン):
製品ができた後の品質検査は私が担当しています。拡大鏡でみれば、製品に傷やピンホール(傷穴)がないということはありえません。そういう意味では、完璧な製品というものは存在しないんです。そんな中、どこまでを問題ない品質とするかは難しいところです。
伊藤(シチズン):
彼女は簡単に言っていますが、色や素材によって目立つ / 目立たないは違いますし、製造途中では見つからなかった傷が完成品時に目立つこともあります。しかも検査は目視。なので目が良くないとできないんです。簡単にはこの技術は身につかないですし、実際私にはできませんからね。
田中(SOXAI):
僕は検査で不良となって弾かれたものを見ましたが、正直「なんでこれが不合格なの?」と思うものがたくさんありましたよ。
伊藤(シチズン):
私ですらありますから(笑)。
田中(SOXAI):
それだけ正確に検査をしてくれているんだなと信頼しています。
まだまだ進化する? デュラテクト × SOXAI RING 今後の展開
光頼(SOXAI):
こうして「SOXAI RING 1」を無事に製造でき、2023年7月から販売できています。本当にありがとうございます。
石井(シチズン):
もしよければ、SOXAI RINGを購入された方の反応を教えてほしいです。
光頼(SOXAI):
反応は非常にいいですよ。傷がつきにくくなったという話をよく聞きますし、SNSやブログでもそのように書いてくださる方が明らかに増えました。
石井(シチズン):
そうですか! よかったです、安心しました。
光頼(SOXAI):
我々にとっても想定外だったのは、ピンクゴールドの売れ行きです。SOXAI RINGは最も値段が安いものが3.6万円なのですが、ピンクゴールドはそれよりも4,000円高いんです。それにもかかわらず、販売開始当初は売れすぎて欠品になってしまったんですよね。表面以外にもアップデートした箇所はあるのですが機能は他のカラーと同じなので、デュラテクトピンクを施していただいて表面処理のレベルがグンと上がったことが、売れ行きに大きく影響したんだと思います。
石井(シチズン):
それは予想外でしたね。我々も嬉しいです。ピンクゴールドを購入されているのは女性が多いのですか?
田中(SOXAI):
それが男性にも人気なんですよ。肌なじみがいいから仕事中に付けていても違和感がないみたいですね。
伊藤(シチズン):
ちょっとヴィンテージっぽくも見えるし、男性が装着しててもカッコイイですよね。
光頼(SOXAI):
最後に、今後の相談をちょっとさせてください。以前より改善したとはいえ、表面の傷に関するお客様からのお問合せはまだまだ多いんです。
田中(SOXAI):
SOXAI RINGは指に装着するので、時計よりも色んなところにぶつかりやすくて、打ち傷をつけてしまったいうお客さまが少なくありません。そのため、硬度をもっと高められないかと思っています。できるのかできないのか、できるとしてどんな条件なのか、今後相談させてください。
伊藤(シチズン):
なるほど。すぐに返事はできませんが、それは確かに検討したいですよね。
光頼(SOXAI):
今SOXAI RINGのカラーは「シルバー」「マットシルバー」「マットブラック」「ピンクゴールド」を用意しています。デュラテクトは「ゴールド」も施せるので、近いうちにこの製造を依頼したいなと考えています。
石井(シチズン):
安請け合いはできませんが、格好いいものを作りましょう。お待ちしています。
光頼(SOXAI):
はい、よろしくお願いします。シチズンの皆さん、本日はありがとうございました!
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