解説
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学習成績を向上させるだけでなく、生徒たちを楽しませ、意欲を高め、自信を与える。それが効果的な「教え方」。
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学術研究と教師の経験の蓄積から導き出されたエビデンスをベースに、授業で実践する方法を視覚的に解説。
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膨大な研究、教師たちの経験、豊富な知恵の3つのエビデンスを組み合わせ、上手に授業するアイデアを紹介!
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教育関係者が最も知りたいと願ってるエビデンスの具体的な使い方、読み解き方がわかる!
日本語版監修者序文
日本では、2019年から、GIGAスクール構想により、小学校と中学校において児童・生徒全員に1人1台の情報端末が配布され、高速ネットワークが整備された。その後、多くの高等学校や大学においても、新型コロナウイルスの影響により、学生が1人1台の情報端末を学校に持ってくること(BYOD: Bring Your Own Devices)を前提として授業が行われるようになった。このような状況の中、情報端末を用いて教育・学習活動を行うと自然と学習ログが、「教育・学習の足あと」として蓄積されるようになってきた。
このような教育データは、学習分析(ラーニングアナリティクス)の研究やエビデンスに基づく教育の実施には重要である。そのため、データを収集するためのデジタル学習基盤システムやデータの標準化、データの取り扱いについて様々な議論がなされている。
例えば、私は、教育・学習活動のデータと収集・分析およびエビデンスに基づく教育を実現するための基盤情報システムとしてLEAF(Learning Evidence and Analytics Framework*) を開発し、教育・学習活動のデジタルエコシステムの構築を行っている。このLEAFは2024年現在、初等中等教育において国内10校、高等教育において国内10校、海外でもインドや台湾において100校以上で利用されている。
本書でも取り上げられているが、これまで教育分野では、妥当性が高い「エビデンス」は、介入を行う群(介入群)と介入を行わない群(対照群)に分けて結果を比較するランダム化比較試験(RCT: Randomized Controlled Trial)等の研究結果から抽出されてきた。
しかし、RCTや比較実験を実際の教室で行うには倫理面やコスト面等で課題もある。また、比較実験が難しいという課題は教育分野に限ったものではない。近年、医療分野では実験的な環境ではなく、日々の活動から得られたリアルワールド教育データ(RWED)から導き出されるエビデンスであるリアルワールドエビデンス(RWE)が注目されている。LEAFシステムを用いて日々収集・蓄積される教育ビッグデータはRWEDである。我々はこのRWEDから効果的な学び方・教え方等のエビデンスを自動抽出し、将来的には「リアルワールドエビデンスに基づく教育」の実現を目指して研究を行っており、その成果が期待される。
今後、人工知能(AI)やビッグデータ、データサイエンスなどの関連技術の発展により、近い将来、エビデンスに基づく教育の実現は現実のものになると考えられる。エビデンスに基づく教育について、その背景や手法を紹介し、具体的なエビデンスを説明している本書は、そのための第一歩となるであろう。教育分野において、このような本は極めて少ないので多くの教育者たちに役立ててほしいと思う。
2024年11月
日本語版監修者 緒方広明
京都大学学術情報メディアセンター教授
参考文献
*緒方広明,江口悦広:学びを変えるラーニングアナリティクス,日経BP(2023)
はじめに
“Evidence”は教師たちの間で議論が多い用語です。学術誌に掲載された研究を重視する人もいれば、教育者の経験を重視する人もいます。しかし、本書が示しているように、3つのタイプのエビデンス(量的研究、質的研究、優れた教師の実践)を組み合わせることが大切であり、教師の腕の見せどころです。
学習の可視化(Visible learning)に関する研究では、学術誌に掲載された研究に基づいて“Evidence”を整理しました。目的は、平均以上または平均以下の効果を持っている教育方法の比較であり、成功する可能性が高い教育方法の特定です。そして、成功する方法が高い教育方法を教師が実際に実践して、その効果を評価するよう依頼しました。しかし、もっと大切なメッセージが根底にあります。大切なメッセージとは、「効果を知ろう」です。つまり、教師たちが「何をするのか」というよりも、教師たちが「どのように考えるのか」(教師たちのマインドフレーム)の方が大切なのです。
ジェフ・ペティは、教育方法とツールを紹介する才能や、教育方法の効果を教師にわかりやすく伝える才能を持っています。ジェフは、持っている知識を関連付けることの重要性を強調しており、説得力が高い方法で教育方法やツールを魅力的に紹介しています。
ジェフは、「学習とは、単なる記憶ではない。知識を関連付けすることが学習だ」と強く主張しています。知識を持っているからこそ、知識を関連付けたり発展させたりすることができるのです。学習の最初のプロセスは知識の獲得から始まるでしょう。しかし、知識を獲得した後は、知識を関連付けることが必要不可欠です。
ジェフは、学習に関するテーマを鮮明に表現する才能を持っており、どのような教室でも実践できるアイデアを多く紹介しています。また、「主要な研究の集約」と「授業経験に基づいたアイデア」のバランスが優れており、本書の価値を高くしています。
「Evidenceの利用」は「調理」と似ています。以前にジェフと会った時、ジェフの娘さんが経営しているロンドンのレストランで話をしました。レストランで食べたムール貝がとても美味しくて、私はレシピを尋ねてしまいました。
帰国後、ムール貝(もちろん、ニュージーランド産の緑のムール貝です!)を買って、タマネギとニンニクをみじん切りにしました。フライパンに、ワイン、ムール貝、ニンニク、タマネギを入れて、火にかけて貝の殻が開くまで待ちました。そして、クリームを加えて2分待った後、パセリを散らして完成です。しかし、食べてみると、何かが違うのです。
再びレシピを見ると、レシピの最後に「美味しくなる魔法は、煮詰めること」と書いてあることに気づきました。この1文を読んで、私は、「レシピ」に書いてある通りに作るだけでは不十分だったとわかったのです。
本書では、「膨大な研究、教師たちの経験、豊富な知恵」を煮詰める方法(エビデンスを使って上手に授業するアイデア)がわかりやすく解説されています。
どうぞ、この本を楽しんで下さい。楽しむことができれば、あなたの教え方はさらに良くなるでしょう。
2018年4月
メルボルン大学教育学部教授
オーストラリア教職リーダーシップ機構 理事長
(Australian Institute for Teaching and School Leadership)
ジョン・ハッティ(John Hattie)
著者情報
著者
ジェフ・ぺティ(GEOFF PETTY)
イギリスを代表する教授法の専門家。28年間の教員生活の経験を活か して執筆した『Teaching Today』(1994)が教員研修用テキストとして 大ベストセラーになる。最も信頼できる方法で科学的エビデンスを活用 し、最強の教え方、戦略、テクニックを紹介した『Evidence-Based Teaching』(2006)のエッセンスをさらに凝縮した傑作が本書。著書は これまで中国語、ロシア語を含め8ヶ国語に翻訳され、大学などの教育機関で行われた彼の研修は伝説と称されている。
日本語版監修者
緒方広明(おがた ひろあき)
京都大学学術情報メディアセンター 教授。1998年、徳島大学大学院工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。研究分野は、モバイル・ユビキタスラーニング (Computer Supported Mobile and Ubiquitous Learning)、協調学習環境、CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)、ラーニングアナリティクス、教育ビッグデータ、教育デー タサイエンス、教育情報学、教育工学。共著に『情報研シリーズ23 学びの羅針盤 ラーニングアナリティクス』2020年(丸善出版)、『学びを変えるラーニングアナリティクス』2023年(日経BP)。
訳者
岡崎善弘(おかざき よしひろ)
岡山大学学術研究院教育学域 准教授。2012年、広島大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2022年より現職。教育学部で教育心理学や児童心理学の講義 を担当している。令和3年度岡山大学ティーチング・アワード表彰を受賞。訳書に『認知心理学者が教える最適の学習法 ビジュアルガイドブッ ク』2022年(東京書籍)。
コンテンツ
PART 1 学習とは何か? 何が学習を促すのか?
CHAPTER1 生徒たちの理解を確実にする協働的構成主義
学習とは記憶することではなく、知識を関連付けること
考えることを通して学習する
難易度が高い課題の必要性
質が高い学習サイクル
「質が高い学習サイクル」の概要
再生課題と推論課題をセットにする
推論課題は深い理解を求める
話題の梯子
質が高い学習に必要なことは何か?
浅い学習と深い学習の両方が必要
深い学習はどのように転移するか
協働的構成主義モデルで実る果実は大きい
CHAPTER2 難しいことを教える: 具体から抽象へ 複数の表現方法を利用する
複数の表現方法で説明する
数学以外の科目で抽象的概念を教えるとき
CHAPTER3 分析スタイル グラフィックオーガナイザー カード分類ゲーム
アトミスティック分析とホリスティック分析
知識を視覚的に提示する:グラフィックオーガナイザー
カード分類ゲーム:意思決定
グラフィックオーガナイザーを使ったゲーム
PART2 トピックの教え方
CHAPTER 4 RARモデル:トピックの教え方を構造化する
RAR とは何か?
RAR の構造は協働的構成主義を実現させる
効果が高い授業方法の特徴
なぜRAR は大切なのか?
CHAPTER5 クラス全体に質問する方法とディスカッションの方法:自分で修正する授業
よく見かける実践:生徒たちに質問する・回答したい生徒が回答する
アサーティブな(お互いの意見を尊重する)質問
「アサーティブな質問」の評価
お互いを非難しない授業
質問の梯子
生徒のデモンストレーション
小型ホワイトボードの使用
優秀な教師のストラテジー
CHAPTER6 オリエンテーションの授業方法
オリエンテーション:学習の準備
オリエンテーションの方法
ゴールを設定する
CHAPTER7 モデリング:知的スキルや身体的スキルを見せる
モデリングは私たちの小さいワーキングメモリーを助けてくれる
いつ/どのようにモデリングを使うか?
モデルと模範解答例を活用する
身体的スキルのデモンストレーション
CHAPTER8 「受け取る」段階:新しい内容を提示する
生徒同士の説明:アクティブアテンション課題
アクティブアテンション課題をいつ使うのか
他のアクティブアテンション課題
新しい内容をアクティブに伝える方法
「質問してから教える」のバリエーション
解説せずに教える
解説せずに教える方法
生徒の積極的参加を高めるアクティブラーニングの方法
「受け取る」段階:学習の「チェックと修正」
CHAPTER9 学習したことを適用する
話題の梯子を組み立てる
「話題の梯子」で扱う課題のタイプ
クオリティラーニングブースター
推論課題を上手に使う方法
「課題の梯子」の最上段:学習の転移を目指した「開かれた課題」
CHAPTER10 レポートや論文を書きやすくする方法
組み立て方と書き方を段階的に教える
足場を少しずつ減らす
CHAPTER11 学習を「チェック・修正」する方法
よく見かける授業と優れた授業の比較
ゴール、メダル、ミッション
グレードを付けると学習の質が落ちる
授業中の「チェック・修正」
学習するときに役立つ他の「チェック・修正」の方法
トピックやサブトピックを学習した後に「チェック・修正」する
間違いを見つけて修正する方法
CHAPTER12 学習した内容の再使用とトピックの再学習
助けて! 教えても忘れる!
生徒たちのノート作成が大切
授業中の復習とノート作成
浅い学習で得た知識を再使用する
理解を深める方法と学習したことを転移させる方法
フィードバックで復習する他の方法
CHAPTER13 スタディスキルとアカデミックスキルを戦略的に活用するトレーニング
精読スキルを教える
生徒たちが取り組んだ課題や作品を使ってスキルを教える
スキルと解き方を効果的に教えるエビデンス
PART3 エビデンスを調べる
CHAPTER14 教育分野のエビデンスを選択する
効果量を調べた研究:量的エビデンス
効果量研究の統合
バイアスの問題
根拠として選択した情報源を比較する
エビデンスとして参照する情報源は3つ:トライアンギュレーション
教育分野で信頼できる情報源
量的研究に基づいた情報源
エビデンスを参照して授業を改善する
CHAPTER15 参考文献
質的研究の概要
量的研究の概要
生徒の学習到達度をもっとも高めた教師に関する実地研究
ベストエビデンスシンセシス(無料ウェブサイト)
無料でダウンロードできる研究概要
その他の参考文献と書籍
<概要>
『科学的エビデンスに基づく最適の教え方 実践ガイドブック』
■ジェフ・ペティ/著 緒方広明/日本語版監修 岡崎善弘/訳
■定価3,300円(本体3,000円+税10%)
■A5・416頁
https://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/81544/
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