朝日新聞出版より発売された林望著『節約を楽しむ―あえて今、現金主義の理由』が、好調に版を重ねています。2025年1月10日の発売以来、3週間で早くも3刷。著者の林先生が本書で主張しているのは、「キャッシュレスなんて、まっぴらだ」「投資よりもコツコツ貯めるほうがいい」というもの。投資に関心を持つ人、NISAを利用する人が増加し、キャッシャレスが進んでいる今、先生の主張は、一見、時代に逆行しているかのようです。逆張りといってもいいでしょう。それがなぜ読まれているのか、分析してみました。
●「投資は怖い」「ポイ活疲れ」という人たち
昨年1月にNISA(少額投資非課税制度)の制度が刷新され、それに伴い、NISA口座が激増しました。日本証券業協会が証券大手10社に行った調査によりますと、2024年に開設されたNISA口座は343万件。これは、前年の1.45倍です。この結果、24年末時点の口座数は1611万件に達しました。
しかし、数字を仔細に見ると、口座開設の勢いが落ちていることがわかります。
口座開設のピークは制度が刷新された24年1月で、73万件。それが9月には10万件に。10月は14万件になりましたが、それでも、前年10月に比べると4割落ち込んでいます。
さらに今年になって、アメリカ・トランプ大統領の関税をめぐる言動や中国AI開発企業ディープシークの登場で、株価は激しく乱高下しています。結果的に、「やはり投資は怖い」と感じる人が増えているようです。
ポイ活についても、毎日楽しんでポイントをゲットしている人がいる一方で、「めんどうくさい」「時間がかかる」「もらえる金額が少なすぎる」といった理由で、ポイ活をしない人、以前はしていたけれどやめた人も。ネットには「ポイ活疲れ」という単語も出てきます。
そんな、「やはり投資は怖い」「ポイ活疲れ」の人たちにとって、林望著『節約を楽しむ』は、「やはりそうだよね」と思わせる内容になっています。背中を押してくれる1冊なのです。
著者の林先生が「投資」「ポイ活」にどんな考えを持っているのか。本書からご紹介します。
●知らない人にお金を預ける危険性
銀行を筆頭に金融機関がしきりに勧めるNISAみたいなものをやったとしても、自分のお金がどのように流れていっているか、誰も知らないわけです。それゆえ、「知らない人に大切な資産を預けるなんてことは、ぜひやめたほうがいい」と、私は言いたいのです。
銀行が事実上ゼロに等しい低金利ですから、そこに預金をただ置いておくよりは、NISAに投資してはどうですかと勧めてくる。そうすると、「10年後には2割増しになりますよ」などと言うわけです。私などはへそ曲がりですから、もしそんな親切なる運用を銀行がしてくれるなら、人から預った預金を、そのように有利な運用をして、史上最高の黒字なんてことをいばっていないで、せいぜい利子として顧客に還元したらどんなものでしょうか……と、そう思ってしまいます。
そこで冷静になって考えなければいけません。小口の手もと金から始められると言うけれど、では100万円を元手にしたとする。それを預けたとして、数年後にいくらか利益が出たとしてもせいぜい数万円くらいのものでしょう。なにもせずに20万も儲かるとは到底思えません。以前は「投資信託」なんてのにお金を預けたことがありますが、どういうめぐりあわせか、元本割れということが現実になんどもありました。
そういうふうに考えると、投資というのは手許に余剰金というか、自由に処分できる、しかも使わなくてもいいお金がある場合にのみ、利益など当てにせずに考えるべきものではないかと思います。
たとえば、今75歳の人が夫婦2人で一生なんとか食べていくのに3000万を確保したうえで、その他に1億円くらい遊休資産を持っていたとしましょうか。そうしたら、それを無利子の銀行口座で遊ばせておかないで、多少なりとも有利な投資に回すのには意味がありましょう。しかし、私自身は、そんな余剰資産はもちろん持っていないので、証券やら為替やらの、いわゆる「投資」はいたしません。じつに単純な原理です。
自分の「一生の暮らしに関係のないお金」を元にして増やしたりしていくことはけっこうなことかと……だから、「お金持ちの人はぜひなさってください」と思うわけです。
そのかわり、これが投資の失敗で、半額に減ってしまっても、それはそれで、まあしょうがないと諦める、というようなマインドでいられるなら、おおいに結構です。
けれど、そうではない一般の人たちが「10万、20万から始められます」などと勧められて、余裕のない手許からいくばくかのお金を割いて、NISAを始めてどうしますか。
それは畢竟、少ない可処分所得を、いっそう少なくするというだけの結果で、一万二万というお金は、庶民の生活資金としては大切な金額ですが、投資の元手とするには、少な過ぎて、結果として手にする利子は、良くっても何年後かに、ビールを何本か飲んだらおしまい、という程度の金額でしかないのではなかろうかと思うのです。
●NISAは資産を持つ人がやればいい
アメリカ人は、子どものころから、貯金や投資、それからドネーション(寄付)という考えが身についている。ドネーションとは、お金に余裕がある人が世のため人のために寄付するということ。これはキリスト教的観念であって、キリスト教はよく教会に寄付をするし、慈善活動も盛んです。
だから、お金に余裕のある人たちは、自己の幸福のために、他者に寄付をするわけです。とはいえそれは、考えてみると、莫大な資産を持ってると税金がかかるから、寄付によって租税回避するというドライな側面もあるので、単純な善意とばかりは思えません。寄付をすると、税金が一部免除になる、これはどこの国でもおなじことではなかろうかと思います。それは、まあ信念の問題で、資産運用とか財産保持とかいうこととは、ひとまず全然別のことだといわなくてはなりません。
まずは「冷静に考えてください」と言いたいのです。日々の生活に使わないようなお金が1億も2億もあるような人に「株の投資でもどうですか?」と勧めて、「でも株だとしくじる場合もあるから投資信託型のものにお金を預けてください」というのは理屈としてわかる。
でも、私なんぞはそんな余裕はないので、たいせつな自己資金を、誰とも知らぬ人に預けて運用してもらうということが、どうも信用しがたいのです。
●そもそも、ポイントは本当にお得なのか
キャッシュレスになったからといって、さて何か得をすることがあるのだろうか?
「いや、ポイントが貯まります」と、人は言うけれど、それ、果たして本当に得なのか。
たとえば、出前サービス。あれも、考えてみれば、お金がかかるわけです。盛んにテレビでコマーシャルをしている、ということは要するに莫大な費用をかけて宣伝してるわけですね。それでも立ち行けるということは、それなりのお金を取って儲けているからにほかなりません。
街の中華屋さんなら、二本の足で歩いて行って食べればいい。Uber Eatsなぞを頼む必要があろうか、と。
蕎麦店とか中華料理店なんかでも、昔はみな出前をやっていたけれど、別にお金は取らなかった。サービスの一環として店の人が自転車などで配達してきたものです。そういう時代よりも、Uber Eatsがお金を取って配達してくることのほうが、ほんとうにいい世の中なのだろうか? と、冷静になって考えてみたらどうかと思うわけです。
ポイントを還元します、というのも要注意です。
「今この会員になると3000ポイントおまけがつきます」といった場合、彼らはその3000ポイントを損したままにしておきますか? そんなわけはないでしょう、商売なのですから。3000ポイントのおまけを出したら、その分の倍も3倍も先方は儲かるようにできているわけです。だから、「ポイントをあげます」というものは、いわば「誘い水」というか、「罠の餌」のようなものだと思って、私は一切いただかない主義です。
旅行する際に私は楽天トラベルを使っています。もちろんこれでも正規の料金よりは安く泊まれることが多いように思います。が、そうしているのは、ひとえにパソコンで簡単に予約が済ませるからです。
ところが、その予約サイトを見ていると「1万6000円の部屋を今なら1万2000円で泊まれる方法があります」なんていう惹句が出てきたりする。「○○会員になると、入会時に4000ポイントが付くので1万2000円で泊まれます」というような仕掛けになっているのですが、その甘い言葉に乗って会員になったら百年目、そのサイトに囲い込まれてしまう道理で、私は、かかる「囲い込みの罠」は一切無視しています。
●私が使っている2枚のクレジットカード
とはいえ、私もポイントを貯めていないわけではありません。
クレジットカードはJALカードとANAカードの2枚に絞っています。これ以外はもっておりません。
このカードを使うことで、どんな買い物も自動的にマイレージが貯まっていきます。
その結果、無料で飛行機に乗れる。これは非常に大きなメリットです。日頃のスーパーマーケットの買い物でも、このカードを利用していると、けっこうなマイレージが貯まるので、もうこれで十分なんです。
Amazonで物を買うにしても、JALのサイトを経由して入るとやはりマイレージが貯まる。そうして、私の妻などは、もう何回も在アメリカの息子の家と日本とを行き来しているけれど、一度も航空運賃なんか払ったことがありません。いつもJALカードのマイレージのチケットで往復しているからです。
すべての買い物がこの2枚でできるので、そういうふうにしてポイントを役立てることができれば、それ以上のことは考えません。さらに二重、三重にポイントを取ろうなんて欲張った考えに囚われていると、あれを買うときは、あのカードのポイント、これをやるときはまた別のカードのポイントとかいうように煩わしいことになっていって、もういちいち考えるのも面倒なことになっていきます。だから、私は最低限のマイレージだけを貯めることにして、そのほかのポイントものは一切無視しています。
『節約を楽しむ』目次
はじめに
1章キャッシュレス時代のお金との付き合い方
2章「当たり前」を疑ってかかる
3章何が一番の節約になるか
4章健康であることが、一番の節約
5章今あらためて節約と人生
書後に
『節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由』
著者:林望
定価:924円(本体840円+税10%)
発売日:2025年1月10日(金曜日)
体裁:200ページ、新書判