背景
パーキンソン病は、運動症状(手足・顎の震え、こわばり、動かしづらさ)や認知機能低下などを引き起こす神経変性疾患です。神経変性疾患の中では日本で2番目に多く、有病率は10万人あたり150人にのぼり、高齢化に伴い世界中で患者数が増え続けています。根治療法が存在しないため、早期に確定診断を行って治療を開始し、症状をコントロールすることが重要ですが、現在は専門的かつ複雑な検査が必要なため、より簡便な検査法が求められています。
花王と順天堂大学は、パーキンソン病が皮脂の増加を伴う脂漏性皮膚炎を高率に併発することに着目。花王が確立した、あぶらとりフィルムで採取した顔の皮脂からRNAを抽出して分析する、皮脂RNAモニタリング®技術を用い、皮脂RNAにパーキンソン病罹患の指標となりうる複数のRNAがあることを2021年に発見しました*2。しかしその段階では、パーキンソン病と類縁疾患である多系統萎縮症や進行性核上性麻痺を区別できるのかは明らかになっておらず、課題となっていました。
今回は、パーキンソン病だけに現れるRNA変化を特定し、類縁疾患と判別できる指標を確立することをめざし、順天堂大学と花王でさらなる研究を行いました。
*2 2021年9月21日花王ニュースリリース 皮脂RNAにパーキンソン病患者に特有の情報が含まれることを発見~皮脂RNA情報と機械学習モデルによる新たな検査方法の可能性~
方法
研究グループは、健常者104人、パーキンソン病患者99人、さらに新たに多系統萎縮症患者29人、進行性核上性麻痺患者33人(男女同数)を加えた合計265人を対象として、皮脂RNA情報の比較を行いました*3。あぶらとりフィルムで採取した皮脂RNAの発現量を次世代シーケンサーで網羅的に解析し、約3,500種のRNA情報が得られました。
*3 2020年から2022年にかけて、順天堂大学にて実施しました。
①健常者とパーキンソン病患者との比較結果
2021年に研究グループは、パーキンソン病患者では、健常者に比べてミトコンドリア*4関連遺伝子を主体としたRNAの発現上昇が見られることを報告しています。今回の解析でも、パーキンソン病患者ではミトコンドリア関連遺伝子のRNA発現量が上昇しており、前回の再現性を確認しました。
さらに今回、皮脂RNAにおいては、ミトコンドリア関連遺伝子の中でも、特にミトコンドリア複合体Ⅴに関係するRNAが発現上昇することを新たに発見しました。このパーキンソン病患者での変化は、薬剤投与量や性別の影響を受けないことも確認しています。
*4 ミトコンドリアは細胞のエネルギー産生に関与する細胞内小器官で、パーキンソン病患者の脳ではミトコンドリアのタンパク質の機能不全によって神経細胞死が起こるとされています。
②パーキンソン病と類縁疾患との比較結果
多系統萎縮症と進行性核上性麻痺の患者との比較でも、パーキンソン病患者にだけ、ミトコンドリア関連遺伝子のRNA発現量の上昇が見られました。このことから、ミトコンドリア関連遺伝子のRNA変化はパーキンソン病に特異的であり、皮脂RNAから、これらの関連遺伝子を抽出して指標にすることで、パーキンソン病と類縁疾患を判別できる可能性が考えられます。
まとめ
今回、パーキンソン病患者と類縁疾患患者を比較した解析から、ミトコンドリアに関連したRNA変化がパーキンソン病に特異的であることがわかりました。この結果より、皮脂RNAを用いた検査が、非侵襲的かつ簡便なパーキンソン病診断の補助技術となることが期待されます。
今後、パーキンソン病の新たな検査方法の開発に向けた検討を進める予定です。